位置情報プロフェッショナル #2 「位置情報データは、中長期的な需要創造のために活用していく」
2人目のインタビューは、株式会社 電通デジタル ソリューション企画部 エグゼクティブプランニングディレクター 三谷 壮平氏。
三谷氏は、新卒で電通に入社し、当初からデジタル領域のダイレクトレスポンスを担当。その後、刈り取りだけではないパフォーマンスに立脚したブランディングや、需要創造に携わります。2016年4月からは電通デジタルに出向し、ソリューション企画部にてKPI設計支援、ロジック構築を担当。デジタルマーケティングのプロフェッショナルです。
位置情報データは、中長期的な需要創造のために活用したい
ガートナー社が提唱する、テクノロジーとアプリケーションの成熟度と採用率をグラフィカルに表示したハイプ・サイクル (黎明期→「過度な期待」のピーク期→幻滅期→啓蒙活動期→生産性の安定期) では、位置認識アプリケーションだけ見ると、すでに2011年に生産の安定期に入っています。
その後2012年には、核となるトレンドとして「モバイル」「ソーシャル」「クラウド」「インフォメーション (アナリティクス)」が発表され、2017年現在ではその4つが、ハイプ・サイクルの幻滅期を脱しつつあり、今後確実な普及が見込める位置にまで達している、と発表されています。
「サイト来訪数がKPI」では、Webの世界に閉じた最適化になってしまっていた
―― 位置情報を活用したサービスを活用したのはいつでしょうか?
Webも含めて計測できるCinarra(シナラ)を知り、はじめて位置情報サービスを利用しました。
2016年初夏頃に、とある大手メーカーから「会社全体としてマーケティングをデジタル化していきたい」という依頼があり、チームが作られました。僕はコンサルタントとして、ブランディング領域の中でもパフォーマンスに立脚する部分を担当することになりました。
デジタルマーケティングというと、「Webに広告を打たなければいけない」と思いがちで、その際によくKPIとされるのは、サイト来訪数や資料請求数などです。しかし、そのKPIには疑問を持っていました。
何かを購入する際に、必ずしも Webサイトを見たり、資料請求したりするとは限らず、直接に店舗に行くこともあると思います。つまり、Webでの行動データだけをKPIとして計測していくのは、「Webの世界だけに閉じた最適化になってしまっているのではないか?」と感じていたのです。
その時に担当したのは非常に高額な商品だったため、「店舗に行かずに購入する人はあまりいないだろう」と仮説を立てました。そこで、“Webに閉じた”世界から外に出て検討したところ、エンドユーザーの店舗来店を計測することは納得度の高いゴール地点で、その行動を紐づける仕組みとして「位置情報が使えるかもしれない」と思いました。この考えがベースとなったため、この時はCinarraを広告としてではなく、計測ソリューションかつ分析プラットフォームとして活用しました。
Cinarraを計測ソリューションとして活用した事例
―― Cinarraの活用方法を具体的に教えてください。
「GoogleやYahoo!の広告や、クライアントのサイトを見たあと、どのくらい来店するか」を計測するためのモノサシとしてCinarraを使いました。Wi-Fiを使って計測するために、まず数百店舗にWi-Fiルーターを設置したのですが、調整が非常に大変で、検討を始めてから計測を開始するまでに数か月かかりました。
CinarraがWi-Fiを検知する際は、ユーザーがスマホのWi-Fi をオンにしている必要があります。自分のスマホで Wi-Fi を見ると、その場所に飛んでいる Wi-Fiがいくつか表示されると思いますが、その状態で「検知」となります。 Wi-Fiを 選んでタップすると「接続」です。Cinarraは「接続」までは必要なく、「検知」状態で計測可能になります。
―― Cinarraの位置情報データは、特定のキャリアに限定されたユーザーだけの情報だけであることや、Wi-Fiをオンにしているユーザーの情報のみ取得ができる点に懸念はありましたか?
最初はありましたが、キャリアによってユーザーの性質が異なるということはないので、統計的に見るとあまり気にする必要はないと思いました。さらに、理論上は“特定のキャリアユーザー×Wi-Fiのオン率”が10~15%という話だったので、「それだけあればサンプル数としても十分だろう」ということをクライアントに説明し、納得していただいたうえで導入しました。
―― 結果はいかがでしたか。
もともと計測が目的でしたので「可視化できたことは良かったね」という結果になりました。難しかったのは、Cinarraのソリューションは「来店したかしていないか」は分かりますが、「何の目的で来店したのか」までは分からないという点でした。そこはまだ課題となっている部分ですが、当時は店舗のアンケート調査でカバーし、来店目的を知ることができました。
実はそのあと「Cinarraの精度は本当に確かなのか?」という調査を実施しました。調査データをクライアントに提出した際に、精度の確からしさを何度も確認されたからです。結果から言うと、Cinarraの数字は合っていました。
調査は、さまざまなソリューションを横並びにして計測しました。店舗に計測員を派遣し、人が数取器(カウンター)を使って入店数を確認し、それを正解データとしたうえで、位置情報サービスのAirtrackやxAdなどのデータも確認しました。
そこで分かったのは、「Wi-Fiはある程度正確に数字を取ることができるけれど、 GPSは精度が落ちる」ことでした。GPSは屋外での計測精度は高いものの、衛星との通信をしているため誤差が約15 m ほどあり、建物の中に入った瞬間に精度が落ちます。路面店でも屋根があると正確な計測は難しく、例えばビルの2階か3階かを調べることは非常に不得意です。
一方、Wi-Fiは電波なので、壁があると途切れます。つまり店舗の外を歩いている人の誤検知はしづらいので、精度が高かったのかなと思っています。ちなみにBeaconも精度がいいのですが、アプリがないとデータが取れないので使いづらいと感じています。
ジオターゲティングに向いている広告主とは?
―― 位置情報サービスは、どういった広告主に使われるといいと思いますか?
店舗を持っていないトイレタリー企業などを含むナショナルクライアントが、刈り取りだけではなく中長期的な需要創造のために使っていくのが良いと思っており、そこに期待をしています。今のところ位置情報サービスはチラシの代替となりがちです。もちろんそれはひとつの大きなマーケットであり需要もありますが、本来、位置情報はユーザーのリアルな行動に立脚しているので、もっと使い方を工夫できると考えています。
これから模索していきたいのは、ユーザーのペルソナを明確に割り当てること。
これまでの広告主のアプローチとしては、まずマーケティング担当がアンケート調査を行い、ターゲット像を決めます。そのターゲット像は “スポーツが好き” などの趣味嗜好もありますが、 “家族を大事にする” などの価値観に寄ったペルソナを作ることが多いのです。そのペルソナをもとにマーケティングを展開するときに、メディアを選定していきますが、 “スポーツが好き” なペルソナであれば Webの閲覧履歴でターゲティングができます。しかし、 “家族を大事にする” ペルソナは 「Web 上でどういう行動をするんだっけ?」という話になります。
Web上では分かりにくいことも、リアルな行動であればあるほど、ユーザーの顔が見えてきます。“家族を大事にする”価値観の方であれば、週末によく家族で行くような場所に出かけているかもしれません。そのリアル行動をどう翻訳するかがマーケターの腕の見せ所ですので、代理店としての付加価値を出せる案件が広がっていますし、その価値を啓蒙していかなければいけないと感じています。
―― ジオターゲティングと言うと、「今ここにいる人に、ここで使えるクーポンを出す」プロモーションを設計する企業も多いと思いますが、実際に取得できる行動データが価値になるということですね。
もちろんチラシの代替としての魅力はあるのでやっていくべきだと思いますが、それは昔からある刈り取りの世界で、コモディティ化が進んだ広告です。「ターゲット像をイメージし、訴求し、人の心を動かす」設計は代理店がやるべき領域だと思っています。
行動分析は割と機械的にできるというのは、位置情報利用を応用するヒントになります。以前、家電量販店の来店者を、位置情報のセグメントで分析したことがあります。結果としては、来店者は結婚間近の男女が多く、さらにファストファッションブランドに行く人と親和性が高いことが分かりました。
つまり、発想の種として面白いデータが出てくる可能性があるということです。仮説ベースでは思いつかないけれど、 実行動ベースで新しい発見があることもあります。これはタグを入れればできる分析なので、それほどコストがかからず、新しいユーザーを発見していくアプローチなので面白いと思います。
電通グループが提唱する「People Driven Marketing」に位置情報データも重要になっていく
少し宣伝になってしまいますが、電通と電通デジタルで “People Driven Marketing(ピープル ドリブン マーケティング)” という、統合マーケティング・フレームワークを9月に発表しました。これは、人を中心に全方位でプランニングし、本当に必要な人に、必要な場所で、必要なタイミングに情報を提供していくことをゴールとしている考え方です。
それを実現するための、ユーザーデータが入っているDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を、People Driven DMPと呼び、これまでのものからさらに機能を強化しました。
“People Driven Marketing” の枠組みは、事前にユーザーを分析し深掘りをしたあと、メディアプランニングをしていくプロセスがあります。そこにPeople Driven DMPを活用すると、同じデータソースで事前分析と事後のプランニングができます。例えば、事前分析時に3,000万人の調査データがあり、その中の1,000万人がターゲットだったとすると、そのターゲット全てに広告が打てることになり、規模感も大きく、綺麗な繋がりになります。
現在、「People Driven Marketing」にジオターゲティングという観点はありませんが、人を基点にしたマーケティングという考え方と親和性は高いので、将来的にはセットにしていきたいなと思っています。
位置情報に価値はあるが、精度が課題
―― 実際に位置情報を活用したマーケティングを実施されてみて、位置情報の価値について改めて教えてください。
Web閲覧履歴では分からなかったユーザーのリアルな顔が見えることが、一番の価値だと思っています。Webの行動はクリックひとつで行えますし、例えば旅行を調べたとしても、本当に旅行に行くかどうかは分からないので、差がつきにくく特徴が出にくいのです。例えば、 Yahoo!や楽天を使っている人の母集団は、1.2億ほどいる日本の人口からするとまだまだ特殊で、均質性が高いデータだと思っています。
それに比べ、Cinarraの場合だと母集団が 特定のキャリアユーザーですので 約3,700万人(2014年4月キャリア公式サイトデータ)です。その約3,700万人が、実際に足を運ぶという行動を起こすので、Web の閲覧に比べ差が出やすいのです。つまり、広告でターゲティングした時に結果が出やすいということです。
―― 位置情報の課題について教えてください。
まず精度の問題が大きいと思っています。Webと比べると、 Webの閲覧履歴はCookieベースなので、例えばユーザーが旅行ページを見たこと自体は間違いありません。それに対して位置情報サービスを使って、旅行代理店に入ったかどうかを検知した場合、まだ検知の誤差がありますので、たまたまお店の近くを通った人もカウントしてしまうことがあります。
位置情報の精度が立証できていない中で、マーケティングをしていくのはすごく危険だと思っています。お店の前を通っただけなのに、誤検知をしてしまい、その人が店舗に入ったというデータがあると間違ったプランニングをしてしまいます。正しい検証方法もまだ整っていません 。精度を担保できる指標を、各社の枠を超えて業界として取り組んで欲しいと思っています。
もうひとつの課題は、来店をコンバージョンとした時に、来店目的が分からないという点です。 今だとアンケートを利用していますが、今後はBeaconやアプリの情報、Ad IDやCookieなどユーザーの識別ベースで、他のデータと組み合わせることができるかもしれないと思っています。しかし、後者の話は個人情報の問題もあるので、現在ではハードルが高い状況です。
位置情報サービスを提供する側の課題としては、今後GPSを使った位置情報サービスが色々出てくると思うので、コモディティ化が進んで行くと感じています。アプリを提供している企業は、位置情報データを提供しているCinarra、Near、xAD、AirTrackなど、おそらく全ての会社に販売するでしょう。僕ら代理店からすると、「どの位置情報サービスを使うとしても、使えるデータは同じ」になるため、価格勝負の世界になってしまいます。反対に、CinarraのようにWi-Fiデータを取得できる強みを持っている場合は、GPSデータも取得できるようになっていくと、強いサービスになるのではないかと期待しています。
―― 位置情報は今後どう発展していくと思いますか?
まだ発展途上だと思いますが、理想は Webターゲティングのマーケットサイズを超えて欲しいと思っています。 EC化率は高まっていますが、日本ではまだ7~8割がリアルで購買されています。単純計算で購買比率がEC2:リアル8だとすると、理論上は位置情報を使ってターゲティングをできるのが8ということになります。 Web以外の広告も、データに基づいた出稿ができることは非常に魅力的ですので、ぜひ大きくなってほしいマーケットです。